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大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)163号 判決

原告 豊国繊維工業株式会社

被告 大阪銑鉄株式会社 外一名

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告等は連帯して原告に対し金五十万円、及び之に対する昭和二十四年十月六日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え」との判決と担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

被告大阪銑鉄株式会社(以下単に大阪銑鉄と略称する)は昭和二十四年八月二十一日被告株式会社すがたや(以下単にすがたやと略称する)宛に(イ)金額二十五万円・満期同年九月三十日・振出支払地共に大阪市・支払場所株式会社東京銀行大阪支店なる約束手形一通、及び(ロ)金額二十五万円・満期同年十月五日・その他の記載事項前同様なる約束手形一通を夫々振出し、被告すがたやは同年九月二十二日右二通の手形を拒絶証書作成義務を免除して夫々裏書譲渡し、原告は現に右二通の手形の所持人であるが、右二通の手形は各満期に夫々支払場所に呈示されたのに拘らず支払われなかつた。よつて振出人たる被告大阪銑鉄と裏書人たる被告すがたやに対し夫々右手形金及び之に対する各満期後の昭和二十四年十月六日以降完済に至る迄年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、

被告等の抗弁に対し、本件二通の手形は、原告が昭和二十四年九月十三日訴外京都産業株式会社(又は有限会社京都産業とも称しいづれも未登記)に代金百十七万八千円に相当する特紡織物を売渡し、その代金支払の為に右京都産業の設立者の一人である阿部舜兆から昭和二十四年九月二十二日に受取つたもので、その当時右二通の手形には被告主張のように、第一裏書として被告すがたやが第二裏書として森清松が、いづれも被裏書人並に裏書年月日欄空白のまま白地裏書をして居つた。ところで原告は当時訴外愛知県苧麻加工組合に対して六十万円程の債務を負担して居りその支払のために同組合に対して金額六十万円の約束手形を振出交付しておいたが期日に該手形を落す資金を調達する見込が立たず、一方訴外組合では既に該手形を株式会社大阪銀行に割引してもらつていたので、原告及び訴外組合は該手形の不渡処分を受けることを避けるため協議の上別に本件手形を原告から訴外組合に担保に差入れて金四十五万円の融通を受け此の金を以つて該手形を落す資金に振向けることとなり、斯くして原告は阿部舜兆から取得した本件手形二通を同年九月二十四日訴外組合に交付した(此の点に関し原告は従来「資金の必要があつたので訴外組合に依頼し同組合の口座で割引して貰い本件手形二通を白地を補充せず且つ裏書を補充しないで所持の移転により訴外組合に譲渡した」と主張していたのであるが、最後の第四準備書面に於て上記の如くその主張を訂正した)。そして訴外組合は本件手形に第三裏書として株式会社大阪銀行に取立委任裏書を為し、同銀行が各満期に夫々支払場所に呈示して支払を求めたところ詐欺届出があるとの理由で支払を拒絶せられたので同銀行は之を訴外組合に返還し、訴外組合は同年十月十日頃本件手形二通を原告に返還して来た。以上のような次第で原告は本件手形を一旦訴外組合に担保に差入れたものの本件手形の所有権は依然として原告に存し、原告は訴外組合から返還を受けて再びその占有を回復すると共に実質上の権利を回復した。よつて原告は同年十月十七日被告大阪銑鉄に対して支払の催告を為したが同被告が応じなかつたので、原告は本件手形の実質上の権利者として第二第三裏書を抹消し且つ第一裏書の被裏書人欄に原告会社名を補充し尚その裏書年月日欄に昭和二十四年九月二十二日と補充して本訴を提起するに至つたものである。

被告等は裏書の連続が適法でない旨を主張し原告が本件手形の正当な所持人ではない旨を主張しているが、裏書の連続があるか否かは手形上の記載のみによつて決せられるもので、手形法第七十七条によつて準用せられる同法第十六条第一項によれば抹消された裏書は記載のないものと看做され、その抹消が権利者によつて為されたると否とを問わず斯る裏書は無いものとして連続の有無が決せられるのであつて反証は許されないないのであるから、抹消された以前の裏書を基盤とする被告等の主張は理由がない。

又本件二通の手形の第二第三裏書の抹消及び第一裏書欄の被裏書人の氏名並に裏書年月日の補充は支払拒絶証書作成期間経過後に於て原告が為したものであることは被告主張の通りであるが、既に述べたように原告は昭和二十四年九月二十二日に売掛代金の支払方法として訴外京都産業の阿部舜兆から正当に本件手形を取得し、その後一旦之を訴外愛知県苧麻加工組合に担保に供したが本件手形の所有権は依然として原告にありそして原告は同年十月十日頃同組合から返還を受けて再び本件手形を占有すると共に実質上の権利を回復したのであるから、原告が本件手形の実質上の権利者たる以上前掲裏書の抹消及び白地の補充は適法に為し得るところであり之を以つて不法呼わりされる筋合はない。尚原告が詐取手形であることを知りながら悪意で本件手形を取得したとの点は否認すると述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の事実中、被告大阪銑鉄が原告主張の如き本件約束手形二通を被告すがたや宛に振出したこと、被告すがたやが右二通の手形の第一裏書欄に自己の住所商号代表者氏名のみを記載しその名下と拒絶証書作成義務免除の部分に捺印したこと(此の点に関し被告等の前の訴訟代理人中村幸逸がその答弁書に於て裏書年月日の昭和二十四年九月二十二日の部分も被告すがたやが記載したものと認めたのは錯誤に基くものであるから取消す)、及び本件手形二通が各満期に夫々呈示されたがいづれもその支払をしなかつたことは認める。然しながら其の余の事実殊に第一裏書欄中被裏書人並に裏書年月日の記載、及び原告が本件手形の正当な所持人であることは否認する。

本件二通の約束手形は、被告すがたやが資金調達の必要に迫られ被告大阪銑鉄に懇請したので被告大阪銑鉄が被告すがたやに融通手形として貸与えたもので、被告すがたやは右二通の手形の各第一裏書欄に被裏書人並に裏書年月日空白のまま白地裏書を為し、次いで第二裏書欄に被告すがたやの代表取締役たる森清松が個人として前同様白地裏書を為した上、昭和二十四年八月二十三日頃訴外吉川太郎に割引先を捜して貰うために預けておいた。ところが吉川は約束の日が過ぎても割引金を持参しないので被告すがたやは吉川に対し本件手形の返還を求め、吉川は同年九月初頃迄に手形を返還することを約束したが履行せず、その後も再三手形の返還方を請求したが吉川は常に不在勝で要領を得ないので被告すがたやは同年九月二十日大阪朝日新聞に依頼し同月二十六日の全国版に本件手形二通の紛失無効の広告を為すと共に其の頃吉川を池田警察署に告訴し、一方同月二十三日頃に支払場所たる株式会社東京銀行大阪支店に詐取届出を為し支払停止の措置をしておいた。

其の後各満期に夫々本件手形が支払場所に呈示され、支払担当者たる東京銀行大阪支店からその旨の通知があつたので被告すがたやの代表者森清松と被告大阪銑鉄の社員吉田庄作が支払場所に赴いて右手形を見せて貰つたところ、前掲被告すがたやの第一白地裏書、森清松個人の第二白地裏書に次いで、訴外愛知県苧麻加工組合代表者沖本秀雄の株式会社大阪銀行に取立を委任する旨の第三裏書があり、これによつて本件二通の手形の満期当時に於ける手形上の権利者は訴外愛知県苧麻加工組合であり大阪銀行が同組合からの取立委任に基いて支払場所に呈示したものであることが明らかになつた。そして以上第一第二第三の裏書関係は、その後同年十月十四日森清松が池田警察署に於て前記吉川に対する告訴事件の取調の際見せられた時も右と同一状態のままで裏書の抹消も補充も為されていなかつたのである。

然るに本訴に於て甲第一号証の一及び甲第二号証の一として提出せられた手形を見ると、前記第二第三裏書の部分はいづれも斜線を引いて抹消されて居り、且つ各第一裏書欄の被裏書人の部分に原告会社名が補充され、又第一裏書の年月日が昭和二十四年九月二十二日と補充せられているが、前記の如く本件各手形の満期当時に於ける手形上の権利者は訴外愛知県苧麻加工組合であり、そして同年十月十四日当時迄第二第三裏書は抹消されずに存在し第一裏書も白地のままであつたのであるから、右抹消及び補充が為されたのは拒絶証書作成期間経過後たる同年十月十四日以後のことであり、原告は拒絶証書作成期間経過後に最後の所持人たる訴外愛知県苧麻加工組合から法定の裏書の方法によらないで本件手形を取得し、第一裏書欄の被裏書人及び裏書年月日が空白であるのを奇貨として前記の如く裏書の抹消及び補充を為したのであつて斯る裏書の抹消及び補充は不適法である。元来裏書の抹消補充は正当な権限がない限り濫りに之を為し得ないものであり、手形面上に現われている権利者が為すのであればともかく、少くとも原告は前記の如く呈示期間が経過する迄は本件手形面に現われていなかつたのであるから、斯る原告は既に存する裏書に附加補充を為し或は之を抹消する権限はないものと解するを正当と信ずる。故に右権限を有しない原告が前記の如く抹消補充をしても何等手形上の効力を生ぜず、従つて原告は裏書の連続ある正当な所持人とは言い得ない。

仮に被告の右主張が理由ないとしても、前記の如く原告は拒絶証書作成期間経過後に訴外愛知県苧麻加工組合から本件手形を取得したもので然も本件手形が前記の如き事情により支払を受けられないことを知つて取得した悪意の取得者であり、既に述べた通り被告大阪銑鉄は融通手形として本件手形を被告すがたやに貸与したもので何等の対価も受取つて居らず、又被告すがたやは訴外吉川に割引周旋を依頼して本件手形を同人に預けただけで何等割引金を受取つて居ないのであるから右抗弁を以つて原告に対抗し得る。従つて被告等は原告に対して支払の義務がないと述べた。<立証省略>

三、理  由

(一)  昭和二十四年八月二十一日被告大阪銑鉄が被告すがたや宛に原告主張の如き本件二通の約束手形を振出して被告すがたやに交付したこと、被告すがたやが之に裏書年月日と被裏書人欄を空白のまま支払拒絶証書作成義務を免除して第一白地裏書を為し、次いで被告すがたやの代表取締役たる森清松が個人の資格で前同様の第二白地裏書を為し、更に第三裏書として昭和二十四年九月二十四日附を以つて訴外愛知県苧麻加工組合が株式会社大阪銀行宛に取立委任裏書を為し、同銀行が各満期に右二通の手形を夫々支払場所に呈示して支払を求めたところいづれも詐取届出を理由として支払を拒絶せられたこと、等は結局当事者間に争ないところである。

而して原告が支払拒絶証書作成期間経過後たる昭和二十四年十月十日頃訴外愛知県苧麻加工組合から右二通の手形の返還を受け、同月十七日過頃右二通の手形の第二第三裏書部分に斜線を引いて之を抹消し第一裏書の被裏書人欄に原告の商号を補充し且つその裏書年月日欄を昭和二十四年九月二十二日と補充したことは原告の自認するところである。

(二)  よつて先づ本件手形が振出された経緯、及び之が原告の手中に入つた経過について、その事実関係を検討する。

(イ)  第一裏書欄の被裏書人の部分と裏書年月日の部分の記載を除きその余の部分の成立に争ない甲第一第二号証の各一・二と成立に争ない乙第一第五号証及び証人平松司夫同吉田庄作の各証言並に被告すがたや代表者森清松同大阪銑鉄代表者東山改一の各供述を綜合すれば、本件手形二通は被告すがたやが資金調達の必要に迫られたのでその代表取締役森清松が手形割引によつて資金を調達しようと考え被告大阪銑鉄に懇請した結果、被告大阪銑鉄はその懇請を容れ「手形の満期迄に被告すがたやが被告大阪銑鉄に手形を落す資金を持参するか又は被告すがたやが自分で手形を落す」との約束のもとに被告大阪銑鉄が融通手形として被告すがたや宛に振出してやつたもので、被告すがたやは之を割引して貰うために被裏書人及び裏書年月日を空白のまま拒絶証書作成義務を免除して第一白地裏書を為し、次いで被告すがたやの代表取締役森清松が保証の意味で同様第二白地裏書を為し、昭和二十四年八月二十一日頃その割引周旋を依頼して之を訴外吉川太郎に預けた。ところが吉川は約束の期間が経過しても割引金を持参しないので被告すがたやの代表者森清松は吉川に対し割引出来ないのであれば手形を返してくれと再三請求したが、吉川は其の都度手形は割引を依頼して他に預けてあるから暫らく待つてくれとか何日迄に割れなければ返還するとか言うのみで埒明かなかつた。そこで森清松は吉川等に右手形を不正に使用されることを虞れ、同年九月二十日過頃大阪朝日新聞に依頼して同月二十六日附同新聞の全国版に右二通の手形の事故紛失による無効広告を掲載して貰うと共に、その頃本件手形の支払場所たる東京銀行大阪支店に詐取届出をして之が支払停止の措置を採り、他面吉川を池田警察署に告訴したことを認めることが出来、

(ロ)  一方前掲甲第一第二号証の各一・二と原告会社代表者北村泰三の供述により成立を認め得る甲第三号証と成立に争ない乙第二・第四・第六乃至第九号証及び原告会社代表者北村泰三・被告すがたや代表者森清松の各供述を綜合すれば、訴外吉川太郎は被告すがたやから割引周旋の依頼を受けて本件手形二通を預つた後、更に手形割引周旋業者たる訴外阿部舜兆に割引周旋を依頼して本件手形二通を同人に預けて置いたが、阿部は当時鈴木正吾、森田正平、中井三郎等と共に繊維製品販売を目的とする株式会社京都産業又は有限会社京都産業と称する会社の設立を計画して居り、右会社は未だ設立されていないのに拘らず有限会社京都産業という仮りの商号を用いて昭和二十四年九月十三日頃原告会社から特紡羅紗地三十八反を代金百十七万八千円で買付けその代金支払の為に金額百十四万円・振出人京都産業代表者阿部舜二・支払場所千代田銀行京都支店なる約束手形を振出して原告会社に交付しておいたところ、その後数日して京都産業は千代田銀行京都支店と何等の取引なく該手形は全く出鱈目の手形であることが原告会社に判り原告会社から阿部舜兆に対して厳重な抗議を受け他の手形と入替えてくれと迫られたので、阿部は同年九月二十二日手許に預つていた本件手形二通を吉川に無断で原告会社へ差入れて了つたが、その際原告会社から此の手形は確かな手形かと聞かれたので阿部は右手形のうち一通は振出人に責任のないものだが他の一通は自分が取引代金として受取つたものであるから確かな手形である旨答えて原告会社に交付したこと、

(ハ)  ところで原告会社は訴外愛知県苧麻加工組合に対して金六十万円程の取引代金債務があり、その支払の為に原告会社振出に係る金額六十万円の手形を右組合に交付しておいたが満期に該手形を落す資金が出来なかつたので、右組合に頼んで本件二通の手形を割引してもらいその割引金をもつて右六十万円の手形を落す資金に振当てることとなり、斯様にして本件手形二通を金四十五万円で右組合に割引してもらい原告は本件手形二通を前掲第一第二の白地裏書が為された儘自らは裏書を為さずに所持の移転によつて同年九月二十四日之を同組合に交付した。そこで同組合は同日本件手形二通を株式会社大阪銀行に取立委任裏書を為し、同銀行が各満期に夫々支払場所に呈示して支払を求めたところいづれも詐取届出を理由として支払を拒絶せられたので同銀行は之を右組合に返還し、右組合の代表者沖本秀雄が右二通の手形を持つて同年十月五日から同月十四日頃迄の間に被告大阪銑鉄に赴き問合せた結果前記の如き手形振出の事情及び横領された事情が判明したので沖本は驚いて早速その旨を原告会社に通告しその責任を追及した。そこで原告は同年十月十四日頃自己振出の代り手形を同組合に差入て本件手形の返還を受け、斯くして原告が自認する如くその後に於て原告は本件手形の第二第三裏書に斜線を引いて之を抹消し且つ第一裏書の裏書年月日及び被裏書人の部分を補充して本訴に及んだものであること等が認められ、

前掲証拠中右認定に牴触する部分は当裁判所は之を措信しない。

(三)  而して以上の事実によれば、原告は一旦満期前たる昭和二十四年九月二十二日に前記の如き第一第二の白地裏書ある本件二通の手形を京都産業の阿部舜兆から所持の移転によつて取得したのであつたが、同月二十四日原告は更に自ら裏書を為さず所持の移転によつて訴外愛知県苧麻加工組合に譲渡し、同組合が大阪銀行に取立を委任して同年九月三十日及び同年十月五日の各満期に夫々支払場所に呈示したところ詐取届出を理由に支払を拒絶せられたので同組合は原告に対して責任を追及し、原告は代りに手形を同組合に差入れ同年十月十四日頃本件手形の返還を受けて再度之が所持人となりその後に於て第二第三裏書の抹消及び第一裏書の白地の補充を為したことが明かである。

(四)  而して右の点に関し、被告等代理人は「本件手形の満期当時に於ける権利者は訴外愛知県苧麻加工組合で同組合の取立委任に基いて大阪銀行が支払の為に呈示したものであり、原告は支払拒絶証書作成期間が経過する迄は本件手形の裏書欄中の何処にも権利者として表現せられていなかつたのであるから斯る原告が支払拒絶証書作成期間経過後に於て第二第三裏書を抹消し且つ満期前たる昭和二十四年九月二十二日に自己が手形上の権利を取得したものとして第一裏書欄を補充することを許されないところであつて右抹消及び補充は不法であり従つて原告は裏書連続のある正当な所持人ではない。仮に原告が手形上の権利を有するとしても原告は支払拒絶証書作成期間経過後に手形を取得した地位しか与えられないから本件手形が融通手形で然も詐取された手形であることの抗弁を以つて対抗し得る」旨主張し、之に対し原告代理人は「抹消された裏書は権利者によつて為されたると否とを問わず記載せざるものと看做され反証は許されないのであるから裏書の形式的連続に欠くるところはなく抹消前の裏書を基盤とする被告の主張は当らない。且つ原告は昭和二十四年九月二十二日に本件手形を取得したもので、其の後之を訴外愛知県苧麻加工組合に交付したのは原告が同組合へ本件手形を担保に入れて金四十五万円を借受けたもので本件手形の所有権は依然として原告にあり(此の点原告は前には訴外組合の口座で割引して貰つたと主張して居たのであるが最後の準備書面に於て右の如く主張を変更したものであることは既述の通りである)支払拒絶証書作成期間経過後に訴外組合から返還を受けて占有を回復したまでであるから原告が実質上の手形の権利者として前記裏書の抹消及び補充を為したことは何等不法ではない」と主張するので此の点を検討する。

本件手形の第二第三裏書が抹消されたことによつて形式上裏書の連続が存することは原告主張の通りである。

而して原告は抹消された裏書はその抹消が権利者によつて為されたと否とを問わず記載がないものと看做されるのであるから抹消前の裏書を基盤とする被告の主張は理由がない旨主張するが、所謂裏書連続の原則と言うのは、手形の形式上裏書が連続する限りその所持人は手形の正当な譲受人たることを証明したこととなり、それ以上更に自己が正当な権利者たることを証明することを要しないで手形上の権利を行使することが出来ると同時に、手形債務者も斯る裏書の連続した所持人に弁済することによつてその債務を免れることが出来ると謂う趣旨であつて、この原則は一方に於て手形の外観に信頼して手形を取得した所持人を保護すると共に他方に於て之を信頼して弁済を為す債務者を保護するためのものである。従つてこの原則は右の限度に於て適用することを要し且つ之を以て足るのであつて、裏書が連続している場合には手形債務者に該所持人が正当な権利者でないことの反証を挙げることを許さない趣旨ではなく、手形債務者に於て所持人が実質上正当な権利者に非ざることを立証するか(手形法第十六条第二項但書)又は所持人が債務者を害することを知つて手形を取得したものなることを立証した場合には(同法第十七条但書)形式上裏書が連続して居ても該所持人は正当な譲受人として手形上の権利を行使し得ないこととなるのである。而して右の形式上裏書が連続しているか否かを定めるについては抹消された裏書は記載がないものと看做されるのであるが、斯る規定が設けられたのは「抹消された裏書がある場合に斯る抹消部分を記載ないものと見れば裏書が連続するが抹消部分を斟酌すると連続が断たれる場合があり、又之と逆に抹消によつて連続が断たれるが抹消部分を斡酌すると連続が保たれるというような場合もあり」、然も斯る現象は抹消が正当な権利者によつて行われた場合にも無権利者によつて行われた場合にも生ずる訳であつて、斯る現象は手形の授受を為す者及び手形債務者を甚だしく迷わせ手形取引の円滑を阻害する結果となるから、法律が「抹消した裏書は裏書連続の関係に於ては之を記載せざるものと看做す」と規定し、抹消部分の直前の裏書と抹消部分の直後の裏書とが連続する限り裏書の連続が存するものと看做して前記裏書連続の効果を与えたものである。而してこの規定によつて裏書の抹消は一応抹消の権限ある者によつて抹消されたものと看做される訳であるが、前に述べたところによつて明かな如くこの規定は手形取引の安全を期し善意の取得者を保護することを目的として設けられたものであるから、正当な権限なくして裏書を抹消し以つて裏書の連続を作為した者或は抹消が無権利者によつて為されたことを知り又は知らざるにつき重過失ある所持人迄も保護すべき理由はなく、手形債務者に於て該抹消が無権利者によつて為されたこと及び所持人が之を知り又は知らざるにつき重過失があつたことを立証した場合には、たとえ形式上裏書の連続に欠けるところがなくても該所持人は正当な権利者として手形上の権利を行使し得ないこととなるのであつて、このことは手形法第十六条の解釈上明瞭である。

よつて今此処に原告が本件手形の第二第三裏書を抹消したことが果して正当な権限に基くものと言えるか否かを考えてみるに、

(イ)  原告が被告すがたやの第一白地裏書及び訴外森清松の第二白地裏書のあつた本件手形二通を昭和二十四年九月二十二日に一旦訴外阿部舜兆から取得した上、更に原告が白地を補充せず且つ裏書を為さずに単なる所持の移転によつて之を訴外愛知県苧麻加工組合に割引のため譲渡したことは既に認定の通りである。(此の点原告は最後の第四準備書面に於て、右は譲渡に非ずして担保に差入れたものであるから手形の所有権は依然として原告にある旨主張したのであるが、此の事実は証拠上当裁判所は之を認めない。のみならず手形がその所持人の意思によらないで奪取された場合とか或は質入裏書又は取立委任裏書を為した場合であれば手形上の権利が元の所持人に残存していると言え得るが、右の如く単に所持を移転する方法によつて質入することは手形法上認められて居らないし、又斯る方法で手形を担保に入れ手形の占有関係から全く離脱しながら尚且つ手形の所有権が元の所持人に在ると為すが如きは、手形の所有権なる観念を認めるとしても、手形の所有権は手形そのものの所持を取得することによつて成立し手形の所有権を取得することによつて同時に手形に化体せられた権利を行使し得る地位を取得するという手形所有権説の理論と相容れないものであつて、前記の如く白地裏書のある手形の所持人が更に所持の移転によつて該手形を担保に供して金を借受けるというが如き場合は当事者間の関係に於てはともかく外部的にはとりもなほさず該借受金の弁済のために手形上の権利を貸主に譲渡したものか或は手形割引であると解するのが相当である)。

(ロ)  而して手形法が白地裏書の制度を認め白地裏書によつて手形を取得した者が所持の移転によつて手形を譲渡する制度を認めたのは、手形団体の当事者となつて手形債務を負担することを欲しない者にも手形取引に関与する便法を認め以つて手形の流通を助長せんとする趣旨に出たもので、前記の如く原告が所持の移転のみによつて本件手形を訴外組合に譲渡することは勿論適法に為し得るところであるが、これは言う迄もなく裏書という手形行為による譲渡ではなく原告は何等裏書人として手形上に署名して居る訳ではないのであつてつまり原告は手形団体に加入しなかつたのである。

(ハ)  ところで手形上に裏書人として署名した者は反対の文言なき限り支払を担保し(手形法第十五条第一項)、手形が満期に支払われなかつた場合には遡求義務を負い(同法第四十三条)、遡求義務を履行して手形を受戻した裏書人は更に前者に対して再遡求をすることが出来(同法第四十七条第三項第四十九条)、そしてそのために遡求義務を履行して手形を受戻した裏書人は自己及び後者の裏書を抹消することが出来る(同法第五十条第二項)のであり、又一旦手形を他に譲渡した裏書人は戻裏書(同法第十一条第二項)の方法によつて再び手形上の権利を譲受けることが出来るのは勿論、斯る場合には該裏書人は自己以後に於ける裏書人の抹消によつてもその目的を達することが出来る(昭和八・一一・二〇大判)とされているのであるが、以上のことはいづれも手形上に裏書を為して手形団体に加入した場合に関する事柄であつて、これは手形という一個の証券がその上に手形行為を為して手形団体に加入した者の権利義務を合同して化体し満期に於て支払われることを目標として転輾する性質に基因するもので、遡求義務を履行して手形を受戻した裏書人は自己が有していた旧地位を回復し又戻裏書によつて再び手形の所持人となる者は旧地位と共に新しい被裏書人としての地位を併有するに至り然も中間裏書を抹消することによつて第三者に損害を及ぼす虞れがないから特別規定によつて裏書を抹消する権限を認めたものであり、従つてそれ以外の手形所持人一般が斯る抹消権限を有するものではなく況んや手形団体に加入しなかつた者には之等規定の適用はないのである。

(ニ)  今本件に於ては既述の如く原告は一旦白地裏書ある本件手形を取得したが自ら裏書を為さず単に所持の移転によつて之を訴外愛知県苧麻加工組合に譲渡し、同組合は之を大阪銀行に取立委任裏書を為し満期に支払場所に呈示して支払を求めたところ詐欺届出を理由に支払を拒絶せられたので原告に対してその責任を追及し、原告は同組合に代りの手形を差入れて本件手形の返還を受けたのであるが、原告は本件手形に裏書行為をした者ではないのであるから素より遡求義務者ではなく、たとえ右のように訴外組合の要求により代り手形を差入れて本件手形の返還を受けたにしてもそれは手形法に定められた裏書人としての遡求義務を履行して手形を受戻したものとは做し得ず、単にそれは先に原告から訴外組合に本件手形を譲渡した原因関係たる債務を弁済して事実上手形の返還を受けたというに止り(従つて此の場合原告が訴外組合に対して拒絶証書作成義務を免除したか否かなどという問題が生ずる余地がないことは当然である)、たかだかそれは訴外組合から再び本件手形を譲受けた効力しか生じないのであつて、遡求義務を履行した場合に於けるが如く原告が訴外組合の前者たる地位を回復する由もないし又戻裏書の場合に於けるが如く原告が訴外組合の前者たる地位と後者たる地位を併有するに至るものでもなく単に訴外組合から手形上の権利を譲受けた同組合の後者としての地位しか与えられないのである。

然らば原告は訴外組合からの裏書の方法によつてのみ本件手形上の権利を保有する外に途がないのであつて、本件の場合の如く原告が第二第三裏書を抹消したことは何等正当な権限なくして為した不法のものであり、故に又原告が第一裏書欄に裏書年月日を昭和二十四年九月二十二日と補充し且つ被裏書人として自己の商号を補充したことは違法であつてその効力を生ずるに由なく、従つて原告が右昭和二十四年九月二十二日に本件手形を取得したことを原因とする原告の請求は理由がない。

(五)  然しながら原告が現に本件手形を所持することは事実であり、而して原告が第二第三裏書を抹消し第一裏書欄に補充を為したことは不法であるけれども、原告が訴外組合から本件手形を譲受けた点に関しては何等之を否定すべき理由はなく且つその譲受けた日時は満期後拒絶証書作成期間経過後たる昭和二十四年十月十四日頃であることが明かであるから、原告は少くとも期限後に本件手形を取得した所持人としての地位を与えられて差支えない訳である。而して原告は本訴に於て特に斯る期限後の取得者としての予備的請求をも掲げている訳ではないのであるが、手形の所持人としてその支払を訴求しているのであるから、原告が右期限後に取得した手形の所持人としての地位に於て被告等に対して手形上の権利を行使し得るか否かの点を次に判断する。

既に(ニ)の(イ)(ロ)(ハ)に於て認定した通り、被告すがたやは本件手形二通を訴外吉川太郎に割引周旋を依頼して預けただけのものであるから吉川は手形上の正当な権利者ではなく、又訴外阿部舜兆は吉川から割引周旋を依頼せらて本件手形を預かつていたに過ぎないものであるから阿部もまた手形上の正当な権利者ではない。そして原告は阿部が主宰する京都産業株式会社(又は有限会社京都産業)に織物類を売渡しその代金支払のために昭和二十四年九月二十二日阿部から一旦本件手形を取得したのであるが、之を取得するより前に京都産業なる会社は未だ登記もなく且つ京都産業名義で振出されていた手形は全く出鱈目のもので銀行取引もないことが判明したので原告は周章てて阿部にその不都合を詰問し代りの手形を差入れるべきことを厳談した結果阿部から本件手形の交付を受けたというような事情にあつて、原告が本件手形を取得したのは右のように阿部が京都産業と称する登記もしてない会社名を用いて原告から多額の商品を買取るというような詐欺にも等しい不信行為を為したことを知つてから後のことであり、然も阿部は当時織物ブローカーの外に京都市上京区田中東樋口町に事務所を構えて鈴木正吾と共に手形割引周旋業を営んで居ることや本件手形は鉄鋼関係の大阪銑鉄が振出した手形であることも承知の上で、殊に阿部から二通のうち一通は振出人に責任のないものであることを聞知したのにも拘らず京都産業との間の取引により蒙るべき損害を防止せんとして本件手形を取得したものなることが認められるから、之等の点から見れば原告は阿部から本件手形を取得する際に既に阿部が本件手形の正当な権利者でないことを知つて居たか或は少くとも知らざるにつき重大な過失があつたものと言うことが出来るのである。

ところでその後訴外愛知県苧麻加工組合が原告から本件手形の譲渡を受けるに際し右の如き事情を知つて之を取得したものと認むべき証拠は存しないが、同組合は満期に呈示して支払を求めたところ詐欺届出を理由に支払を拒絶されその後同組合の代表者沖本秀雄が被告大阪銑鉄に赴いて事情を尋ねた結果右のような事情が判明したので原告に対しその責任を追及し、原告は代り手形を差入れて同組合から本件手形の返還を受け再びその所持人となつたのであつて、仮令訴外組合が原告から本件手形を譲受ける当時善意であつたにしても、以上の如き実情にある原告が再び訴外組合から本件手形を譲受けてその所持人となるについて、一度び善意取得者たる訴外組合の手を経たがために同組合の有する権利を承継したものとして手形の正当な所持人たる地位を取得するものとするならば明かに手形法第十六条第二項の立法精神に反する結果となる。従つて本件の如く原告が前に一旦事実上手形を悪意で取得したような場合には、「中間の前者が無権利者であることを知つていたにしても自己の直接の前者が善意取得者である限りその者から手形を譲受けた者は手形の正当な所持人となり得る」との手形法第十六条第二項の解釈論は適用の余地がなく、原告は依然悪意の取得者として本件手形の正当な権利者とはなり得ないものと謂うべきである。

尚他面原告は訴外組合から本件手形を譲受ける際、本件手形が詐取届出のため支払を拒絶されたこと及び本件手形振出の経緯並に被告すがたやが吉川太郎に割引周旋を依頼した経過等を訴外組合の代表者沖本秀雄から説明され之等の事情を諒知して譲受けたものであるから、人的抗弁の点から言つても原告は被告等から右抗弁を以つて対抗せられる立場にある。

(六)  よつて原告の請求はいづれの点から見ても理由がないから之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 石沢三千雄)

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